米国で、孤独に悩む人が増えたという報道が続いています。
私は、新型コロナウイルス禍でも友だちとテニスやビデオ通話をして、孤独を感じたことはありませんでした。しかし、人が多く集まる場所へは出かけない生活が、すっかり定着してしまいました。
映画館へ行くことは、ほぼ皆無です。以前はクリスマスと春の復活祭には家族で教会へ出かけていましたが、それも予定から消えてしまいました。
米国は、たまたま居合わせた人と話すのが当たり前の社会です。しかし新型コロナをきっかけに、スーパーでレジに並ぶ前後のお客さんやレジの人と短い世間話をすることも、ほぼなくなりました。

先日、友人を呼んで昼食会を開き、大いに盛り上がったのですが、彼女たちとは気心の知れた間柄です。思えばここ数年、仕事で講師をするとき以外、見知らぬ人とはほとんど話していません。
友人との親交だけでなく、他人の存在を感じたり、他人との対話の中で自分の存在を確認したりすることも、人間には必要なのかもしれません。それがないと、私の世界はゆっくりと収縮してしまうようです。
ふと思いつき、高校5校の合同ジャズコンサートに一人で出かけました。ほぼ満員の客席で、笑ったり、拍手をしたりの4時間を過ごしました。誰とも言葉を交わさぬまま、感動を共有できたことが新鮮でした。
これから、他人と空間を共有する場を増やそうと思います。私には、新型コロナ対策で衰えた社会性の回復が、孤独に対するワクチンかもしれません。