黒人の愛が生む文化

 長く米国に住みながら、その起源を知らなかった「ヒップポップ」。公共放送PBS局の番組によると、黒人が多く住むニューヨーク市のブロンクス区で、1973年の夏、18歳だったDJクール・ハークが妹に頼まれて開いたパーティが起源だそうです。

 DJのハークは二枚のレコードを使い、歌声のない伴奏部分をつなげ、即興のダンス音楽を流しました。そのリズムにのって若者が踊るうちに、ブレークダンスやラップ音楽が生まれ、落書きアートのグラフィティも派生しました。これらをすべて合わせた文化を「ヒップポップ」と呼びます。

2023年2月18日 掲載

 ブロンクスの住環境は劣悪でした。ニューヨーク市が破産の危機にひんすると、消防員が削減され、保険金目当ての放火が多発。また、学校から教科としての音楽が消えました。そんな、ないない尽くしの中で、ヒップポップは労働者階級の家庭の子どもたちによって作られ、発展したのです。

 映画『サタディ・ナイト・フィーバー』とともにディスコが大流行すると、黒人の若者は近所の道や広場でヒップポップ音楽に合わせて踊りました。

 米国の2月は「黒人歴史の月」です。政治力を持たなかった黒人の歴史には、暗黒がつきまといます。しかし、正義を勝ち取るための努力を少しずつ実らせてきました。しかも闘うだけでなく、ジャズやブルース、ヒップポップといった新しいジャンルを生み出しながら。

 彼らには独特の温かみが感じられます。それは、彼らが悲しみと喜びを深く経験してきたからかもしれません。大好きな黒人女性歌手のロバータ・フラックは「愛は歌だ」と言います。ヒップポップも、黒人だけでなく、苦境にある若者を支えてきた「愛」なのでしょう。


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